時間の感覚のない流れ

昨日からアメリカはオレゴン州にきています。

海外で行われれている研修の通訳帯同で日本からやってきて

いまも少し時差ぼけがありますがなんとかやっています。

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通訳をしていると、英語と日本語が両方常に頭の中でフル回転しているので

なかなか大変なのですが、それが疲れると感じるときと疲れないときがあります。

その違いは、時間の感覚があるときとないとき。

人と話していても、気づいたら3、4時間自然とたってしまっているような

感覚になるときがみなさんもあると思います。

昔からの友人だったり、恋人とだったり、はたまた初めて会った人とだったり。

それがロルフィングの施術をしているときも同様で、満足のいく、すっきりといく

セッションのときは気づいたらセッションが終わっていた、90分あっという間に

過ぎ去っていったという感じになることがあります。

そういうときは決まって、クライアントさんもいい感触を感じてもらうことが多いと

セッション後の様子を見ていて感じます。

 

時間の感覚がないときは、すべての出来事や現象がオートマチックに、

自然と起きてくる様がある状態である、と自分では解釈していて、

そこには流れがあって、その流れにふっと自分が乗っていることを

そのときは自覚さえもしないような、でもそこに流れがきっとあったのだろうな、

と後から振り返るとわかるような瞬間の連続があると、疲れることがあまりありません。

逆に、いくら待っていても時間が経つのが遅い、時間の感覚がありすぎる状態だと

人は疲弊したり何かを考えて行っていくという状況になっているのだと思います。

 

ぼくの通訳の仕事は、英語を話す講師の意図を汲み取って、

日本語として日本人の方にお伝えすること。

その中には様々なやりとり、プロセスがあって同時にいろんなことが

発生しているのでいちいち全てのことについて塾考したり考えすぎていたりしたら

ちっとも通訳はできません。

なので、ある種惰性の中で、その流れの中に自分がいるようにしてあげることで、

講師と日本人の間のコミュニケーションや情報伝達を自然と、オートマチックに

起こせるようにしていくことがとても重要な要素として考えています。

 

ですが、先述した通り、この感覚は日常の中での人との会話や世間話にも

生かすことのできる感覚だと思っていますし、そのような感じで人と関わっていると

思わぬ喜ばしいような情報が入ってきたり、嬉しい誤算や偶然もたくさん起きてくる気がしています。

自分が受容的である、というのがそういった流れの中に自分を置くことのできる一つの条件だと

思っているのですが、そうすることによって物事の起きる確率やスピードに影響しているのかもしれません。

 

これを長い視点で考えると、自分がロルフィングを勉強したい、

と決めたときの感覚や心理状況にもすごく似ている気がしています。

特別何か決まったものを勉強したい、と明確に定めていた訳ではない大学生の自分の中で、

自然と流れの中で運ばれてきたロルフィングというものが、当時はそこまで意味のあるものなのか

わかっていなかったのですが(今でも明確に言葉にはできませんが)、

何か自然と自分の眼の前に運ばれてきて、それを流れの中で自然と選んで、

そしてロルフィングを勉強しにアメリカに渡った、という一つの大きな波に

自分はうまく乗れたのだと思います。

 

最近、ヨガの先生と仲良くさせてもらったりいろんな情報に触れたりしている中で

新たに自分が学びたいことが降りてきた感覚があります。

そして、いまもこうしてアメリカにきて通訳をしているバイオダイナミクスの

オステオパシーにも何かそういったご縁があることを改めて感じています。

自分が何かをしようとしていたわけではないので、こうしていろんなものが

周りから近寄ってきてくれて溢れていることには

とても恵まれていると感じますし、感謝の一言です。

あと二日間のコースですが、時間の感覚を感じないような素敵な瞬間を

より多く感じていきたいと思います。

 

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