ロルフィングがぼくにくれたもの

 

L2722最近、自分がどうしてロルファーになったのか改めて考えることが多いです。

夏休みに入って、大阪や静岡、ニューヨークからと多方面からお客さんが来ていたことで

久々に近況報告をしていると、自分のことを振り返ることがよくあったからです。

その中で、ぼくがロルフィングを選んだのは至極必然だと改めて感じて、

その時々の選択や決断は自然の流れの中で生み出されたものであるのだと

強く考えられるようになりました。

決して、自分がこうしたい、どうなりたい、といった何か先に見えているものを

見据えているつもりではなかったのです。

それが不思議なもので、自分としては何も目標やら夢やら具体的に掲げていませんし、

おそらく今後も何かそういったものは作らないと思います。

なぜなら、自分は基本的に流れの中で生きていることを自分の運命だと感じているからです。

 

僕にとって大事なのは、何かを達成したい、成し遂げたい、という目標に向かって努力するよりも、

目の前にいるものやこと、人に対してどれだけ一生懸命でいられるか、ということ、なんです。

その積み重ねで今があり、そして町田でセッションルームを構えて

ロルフィングをできている現状があります。

アメリカにいたときにも決して先のことはあまり考えてなかったし、

その一瞬一瞬を楽しんでいました。

よく連れて行ってもらっていた日本の居酒屋、

街から近くにあるフラットアイロンという山へのハイキング、

ダウンタウンにあふれる多種多様な人たち、

雰囲気のあるカフェや日本でも他のアメリカの都市でもきっと

手に入れられないおいしい食事の数々、お店の人たちのフレンドリーさや味のある会話。

どれもこれも、人々の経験から生み出された旨味が言葉や雰囲気としてぼくに伝わってきて、

ただ生活をしているだけでヒーリングを受けているかのような空間が至る所にありました。

ぼくは先天的に頭や理屈で物事を考える人間なのですが、

自分の感情に対して素直になりながら接していくと

何も考えず、ただ感じるだけで満たされる世界があったのです。

そして、そのようにして感じることを強制されていたのではなく、

自然とボルダーの街がさせてくれたのが一番魅力的であるところであると感じています。

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もちろん、そこにはロルフィングという要素が欠かせません。

ロルフィングをしていると、いろんな慢性的な怪我や不調がクライアントさんのからだの中にあり、

そうしたことは多くのケースで理論的に推察できたり説明できたりします。

デスクワークのし過ぎによる背中の丸まりが呼吸を自然とさせなくし、

首や頭への緊張をもたらすようになっているということ。例えばこんな例があったとします。

そうしたら、ぼくたちロルファーは第一セッションで行う

「呼吸」をテーマとしてセッションを通じて胸や肩周り、股関節周りを開放して

背中の丸まりが生まれにくいからだ作りを目指します。

そうすることでからだが軽くなったり、肩周りがすっきりしたりして

開放的になるクライアントさんも少なく在りません。

 

ただそれと同時に、うまく説明できない、解決できない症状もたくさんあるのも現実としてあります。

それには、言葉や論理ではない方向から立ち向かっていくしかありません。

誰しもが、からだのアンバランス(ねじれやゆがみと表現されます)が

欲しくて持っているのでは在りません。

右足にずっと大きな怪我を持っていたことで

左足に負担を掛けることが続き、今では左足にしびれが出たり。

常に同じ側の腕で作業する仕事を長年やっていることで

左右の肩の高さに差が出たり。

呼吸しててもいつも何か違和感や頭につながる痛みを訴えていたり。

現在に至るまで、いろんな変遷やプロセスがある中で

症状が一進一退している中で全てを包括的に見ていくことが求められているとすれば、

それはもはや理論どうだこうだではなくからだの声を聞くしかないのです。

それには、どうしても解剖学や生理学、生物学といった科学や理論ではない観点、

つまり感覚だったりエネルギーだったり感情だったりといったものに対する理解が不可欠です。

 

こういった右脳的な要素は僕には先天的には弱く、

先に話したように論理的に思考を進める傾向がある

ぼくにとってはロルフィングを仕事として選んだことは非常にチャレンジングでした。

でも、それは同時にロルフィングを通じてぼくは自分の足りない部分を学んでいくような

ライフスタイルを自然と形成しているということにも気づかされました。

これは、自分がこうしたい!感覚的な要素をもっと理解できるようになりたい!と思って

ロルフィングを選んだ訳ではないと思います。

ただ自然とロルフィングに出会い、惹かれ、学びを深めていったら

自然と自分が必要としている要素=感覚的な理解、表現が

そこに自分の将来の財産として存在してくれていたのです。

 

話が長くなりました。

いろんなことや情報が世の中にあふれていますが、あぁ、これは美味しい、

この人は話せる人だ、この店の雰囲気はどうも性に合わない、といったものを

感覚的に、本能的に感じられるようになってきたことが

今のぼくを作ってくれています。

ぼくがロルフィングを選んだのは、きっとそういったことを

学ぶために自然と引き寄せてくれたのでしょう。

ロルフィングを通じてこうしたい!などと思っていたら

きっと達していない観点だと思います。

自然と流れの中で生きていたからこそ感じたのですかね。

こういったご縁には感謝ですし、自分の新たな一面を

より深めていける毎日を送れていることを

楽しんでいきたいなぁと改めて感じます。

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