英語と日本語

最近、人とどう話すのか、っていうことを結構考えている気がするなぁ。
この前のブログで、自分から動く、話の波を作る、
みたいなことを書いた通り、いろいろ試している。
語学学校の友人とにしても、Boulderでの知り合いにしても。
自分からの発信で何か面白いこと言ったり、
場が盛り上がる事はうまく言えない。
流れにのっかってどんどん上乗せみたいな感じはまぁ何とか。
え??そんなことないぞ!!って声が聞こえてきそうですが……….-_-
まじめなことはどうでもいいくらい、いい加減長すぎるぞ!!っていうくらい話すのに、
どうでもいい、そしてくだらない事はあんまりうまいこと出てこない、
そう、僕はそんなやつなんです(笑)
ま、そんな自分から脱却したくてこんなことを最近思っているんだけど、
なかなかうまくいかないんですね。
そりゃ、今までの自分のスタイルとちょっと違った事に
トライしようとしているからそうだろうな、
って、自分では納得しようとしてみる。
でも、そうやっていろいろ試してやっているうちに、
改めて自分で気づく事もあった。
それは、日本語だと自分は自分から話し出すよりは
相手の出方を待って話を聞いて、それに応対する、
って感じで今まで人と接してきた。
でも、それが英語になると打って変わって、
めちゃめちゃ自分から喋る(笑)
いや、めちゃめちゃ、ってのは言い過ぎかもしれないけど。
でも、日本語の時よりは話をしているかもしれない。
その上、しょうもないことも英語の方がポンポン出てくる。
ホント、くだらないやりとりを英語でしている時は結構ある。
何でかな???
もちろん、語彙が少ないから複雑な、高度なことは言えないけども。
っていう話を今日、車に乗りながらアメリカ人の友達としていた。
その人は日本に去年まで4年間青森に住んでいたので、
日本語も、そしてもちろん母国語の英語も話せます。
だから、僕が英語で話して日本語で返してきたり、
お互い英語、または日本語のときもあったりする。
だから、どう言っていいかわからない日本語を聞いて、
英語に直してもらったり、はたまた僕が相手の日本語を
英語でリピートしたりしている。
僕にとっては格好の英語の練習相手なのだ。
もちろん、とても親切な友達だし、ちょっと頭のネジの入り方が
曲がってるんじゃ??っていう感じの面白い女性。
英語になると途端に性格が変わる、って訳ではないけど、
たぶん日本での僕を知っている人が、
英語で話している僕を見たら、
ちょっとびっくりするのかもしれない。
かなり、Talkative(話をべらべらする人)になる、っとも言われたことも。
それはたぶん、自分が小さい頃にアメリカに住んでいた、っていう記憶が
とても大きく関係してくることなんだと思う。
確かに、5年間という期間はこっちでの生活をしていたけど、
ほとんど今は記憶に残っていない。
今日、数えてみたら、もう20年以上も前になる。
覚えているのは、自分の家の地下で遊んでいた事、
家の庭先にデッキみたいなのがあったこと、
車が赤かったこと、
そして家から近くにゴルフの打ちっぱなしがあって
父親に連れていってもらっていた事。
家の玄関やらリビング、通っていた学校の情景、
そしてどんな道路が家の前にあって
どんな友達と遊んでいて、
なんて記憶はほとんどない。
英語も話していたかなんて、まるで覚えちゃいない。
ただ、当時4、5歳の時に書いていた英語のノートの内容を
大学受験の時にたまたま見返したらほとんど理解できなかった(笑)
ことを考えると、そして母親からの証言を聞くと
やっぱ英語は話していたのだと思う。
そして、日本に16年前に帰国してからのブランク。
やっぱり忘れていたんだけど、こっちに来てから
一気に容量が増えていった感じがしている。
思い出している、という感覚はそこまでしないけど、
なんかこんな感じだったのかな、きっと、
みたいな感じで結構頭には入ってきている。
学んでいる感覚を自分で感じられるから、
楽しんで日々を送っているとは思っている。
そういったことも含めて、
昔の経験が今の英語上達に役立ってるのは間違いないし、
思い出しているという自覚はないにしても、
やっぱり思い出しているんだと思う。
だから、幼少期に言っていた感覚に近い感じで
今は英語を話せているのかもしれない。
その時はきっとTalkativeだったのだと思う。
そう考えると、日本に帰ってから例えば僕が話す事を否定されたり、
何か閉じこもる原因となる何かがあって怯えて、
といった何らかの出来事、何かの積み重ねの中で
あまり自分から話しかけない、話し出さない、
といった性格が形成されたのかもしれない。
そういわれてみると、確かに思い当たる節はいくつかある。
小学校と中学校はいろいろあったなぁ、と今なら冷静に振り返られるけど、
当時の自分にしてみればゼッタイに親にも言えないようなことがたくさんあった。
ただ、おそらくアメリカにいるときはそういった経験がなくて、
話す事が好きで相手と笑っているのが好きで、
そればっかりの繰り返しだったのかもしれない。
そして、そこから16年間のブランクがあって、
今英語をまた話し始めている。
だから、僕の英語、というかアメリカ文化の歴史は、
2~7歳で一端止まって、
そして今年、23歳からまた再度始まっているのかな。
たぶん、僕の中には日本にいた16年間で培われた性格と、
アメリカにいた当時の性格のふたつが存在しているんだと思う。
最近は、日本語で、というか日本の性格(?)で悩むことが多いので、
英語での性格とうまいバランスになれればな~、って思えるな。
何事もバランスが大事だしね。
そういった経験を今活かさないと。
日本人でいるのにも関わらず、
英語よりも日本語での悩みも抱えている今日この頃です。
もちろん、英語ももっと話しをしないと~

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