癒し

何となく、癒しって書きましたが。
癒されるのって、どんな感情を表すんでしょうね。
何だか気持ちいい、楽になる、ずっとこの時間が続けばいい、そんな感じでしょうか。
でもこれは、振り返ってみると何か特別なことではないのかもしれません。
癒し系の俳優、なんて言われている人たちは、周りの人たちが言っているだけで本人達は意外と意識していないケースもあるんじゃないでしょうか。
周りがそういう風に言ってくれるから、あ、自分は癒し系なんだ、って。
自分がそこまで思っていない面が実は周りから見られている自分、という光景は案外珍しいものでもない気がします。
つまり、Aさんは癒し系の俳優です、といううたい文句がある中でいざその人を見たときに、その人の思いではなく、周りの解釈によってその人は定義づけらるようなものだと。
周りの人が持っている心持ちや解釈が相手に投影し、その人の像を作っていくんですかね。
だから、いくら周りがあの人は癒してくれるから、といってもそれを決めるのはその人の癒したいという思いではなく、自分がその人から癒しの要素を感じるか、その期待を上回るか、だと思います。
その時初めて、あ、あの人は癒してくれるんだな、と思えるようになれるワケです。
ということを書いていると、じゃあ僕はどうしたら人を癒すことができるのか、ということを考えてしまいます。
それは、相手からの解釈の中で「癒し」という対象で見られて初めて、そしてその期待値を少しでも上回った時点でその人を癒せるワケです。
いくら僕が頑張って癒したい、癒したい、と思っても、その人の解釈で「癒し」というものを感じない限り、癒しは発生しないんです。
ぼくが、癒したい、という欲求を持っているかどうかは関係ないんですよね。
そして、気負いすぎて、何かしてあげたい、したい、という思いが強すぎると、あ、この人は私を癒してくれるんじゃなく、癒そうとしてくる、という感じに移っちゃう気がします。
そんな押し付けがましい癒しはだれも求めてませんよね。
僕は、癒しというのはとても大事なものだと思っています。
ロルフィングでは、快適な身体になれるように、無理のないように、無理している部位に問いかけるように触っていきます。
もっと安心できるような空間を身体の中に作っていきたいんですよね。
だからこそ、自分でこうしたい、こうしてあげたい、という思いが出てきます。
癒してあげたいな、とも思います。
でも、こういうのって、自分が決めるもんじゃないなぁって最近思うようになりました。
周りに見えている自分が、自分。
大事な思いは胸の中にしまっておいてもいいと思うんです。
そして、相手に決めてもらって良いと思います。
そしたら自然と、自分が思う自分というものが相手に染み渡るタイミングが来る気がします。
自分というものは、自分の思いよりも実は周りから見られることによって決められている、というお話でした。
癒し自体の話はどこに行っちゃったんでしょう。笑

Rolfing Relief Space(ロルフィングリリーフスペース)
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伊藤 彰典
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