日本へ

今、ソルトレイクシティでのフライト待ちです。
といっても、これをアップする頃には日本に着いていますが…….
アメリカ最後の文章ということにしておきます。
早いもので、日本を離れてから一年が経ちます。
この一年で何が一番変わったか、と聞かれたら、
間違いなく言えるのが、
自分のことに向き合う時間がとても多かった、
ということです。
自分という人間がどういう人間なのか、
どういった人間であったのか、
そしてそれを自分がどれくらい認識していたのか、
といった様々な発見がありました。
それは、ロルフィングの勉強も関係しているのかもしれません。
ロルフィングでは、基本的な身体の調整を手技で行ないます。
クライアントの身体を見て、その人の要望を聞いて、
どういったことをこのセッションで目指すか話して、
一時間くらい身体を触りながらその人に向き合います。
どうしたら動きが改善するか、
どこを触ったら反応が出るのか、
どうしたら……..を常に考えています。
押すのか、深くアプローチするのか、
どのくらいの速度でいくか、などなど。。。。。。
考えたらキリがないくらいのことがその一時間の中で起きます。
逆に何も考えない方がうまくいくときもあるんですけどね。笑
それによってクライアントに変化が現れます。
その変化、結果はクライアントさんの力もあるけど、
施術者、すなわちロルファーが大きく影響してきます。
自分がどうしたからこうなった、という観点や
もっとこうしたらこうなるんじゃないか、
といった視点が自然と生まれていました。
クライアントさんの反応は自分に返ってきていました。
毎回、どれも同じ手法でセッションをするわけではないので、
その一回一回の中で生まれた手がかりを日々一つに繋ぎ合わせて
自分というものを探していた、見ていた気がします。
そして、ロルフィング以外でもアメリカでは、
特にこっちにいる人たちと話していると、
何だかよく人を見ているなぁ~、
という印象を受けます。
あの人は◯◯だからさ、でもその人は△△にも見えるな、
みたいな話をよく聞きます。
僕もそこに混ぜてもらうんですが、
人を見る事がとても多かった気がしています。
そうやって人を見ていると、
自然と自分にも目が向いてきます。
日本でもそういったチャンスがあったとは思うんですが、
それに気づかなかったり、見過ごしていたり、
時間に忙殺されていた気がします。
それに気づいてくれていた、
そして指摘し続けてくれていた親友はいましたけどね。
ようやく今ならそれが心から理解できます。
昨日、Boulder最後の夜はいつもお世話になっているAMU,
有無の居酒屋でお酒を頂いてきました。
その中ではいろんな話をしましたが、ある人が、
「あっきーはもっと本能的になった方がいいよね~。
理性でいろいろと抑えすぎ~。。。。。。。。
もったいないくらいチャンスがあるのに、
それを結構逃してるよー。基本的に考えすぎ!笑」
と言ってくれました。
ちなみにトピックは恋愛の話です。
でも、ここまで自分のことを他人にいってもらうこともなかったし、
自分のことを見てくれているという思いを感じられて、
何だか嬉しかった気もしています。
そして、そうやって自分が今まで気づかないでいた、
というかごまかしていたことをはっきりいってくれるのは、
感謝以外の何者でもないです。
そうやって気づかずにずっとフラフラしてしまっている
人も何人もいますからね。
そういった、本能的な部分を隠してかくして、
理性的な人生を今まで歩いて来たのを、
お酒の席で酔っぱらっている姉ちゃんにあっさり言われたのは、
ちょっとびっくりしました。笑
ちゃんと人のことを見てるんだ、って。
今までは言ってもらえなかったですからね、ありがとう。
他人がしている行動を見て、
それを自分に置き換えるようになったのも
こっちに来てから意識し始めました。
自分だったらどうするか、どう振る舞うか、
そしてそれは自分らしさがあるのか、
ただの真似事なのか、それとも真似事から出て来た
実はその人の本質の部分なのか。
そういった探求、考える時間、そういったものに
この一年間は時間を割いて来た気がします。
今振り返っても、本当にかけがえのない、
何とも取り替えられない時間でした。
そして、英語と日本語で僕の人格が変わることも
大きな気づきでした。
確実に流暢に話せるのは、日本語。
そりゃ歴史が違いますからね。
でも、この一年間の中で感じたのは、
話しているときに不安、緊張、余計な感情を感じにくく、
安心して自分の思いを恥じらいなく話せるのは
確実に英語のときだということ。
以前も書きましたが、僕は2~7歳まで、
父親の仕事の関係でアメリカに5年間住んでいました。
生まれて間もない頃の記憶なんてちっぽけなもんですが、
学校が終わって自宅にいる時、
毎週土曜日に補修校という日本語学校に
行っているとき以外は英語を話していたので、
ほとんどの時間は英語に触れていたという事実があります。
5年間の生活が終わって日本に帰国しましたが、
その後は全く英語に触れないで来たので
日本語の、日本文化による人格が形成されて
英語の人格はどっかに消えてしまいました。
ただ、それは消えたんではなくて、
自分の奥底で眠っていただけ、だということに
アメリカでの生活をしていて気づきました。
生活し始めてからおよそ4ヶ月後、
去年の年末くらいにある人に指摘されて
自分の人格が言語によって違う事に気づきました。
日本語の際には人の話を聞く傾向があるのに、
英語になったら自分から話す話す。
その二つの部分に戸惑ったのも事実だし、
その戸惑いの中アメリカで日本人の方にも失礼な振る舞いが
あったのも自分で感じています。
それぞれのいい面、悪い面にも気づいて、
その両面に向き合いながら良い部分同士を
自分の中でくっつけようとしています。
それはそんなにうまくいかないですけどね。
まだまだ時間がかかりそうな気配。
今回日本に帰って、それに一番苦労することになると思います。
一番長い時間を過ごした国なのにね。笑
まぁでもやるしかないです。
また日本で2ヶ月滞在してアメリカに戻るわけですが、
この一年間で学んだ自分の面にどこまで
日本の人たちとの中で向き合えるかが
僕の取り組んでいきたいことです。
自分の知らなかった面、新しい自分を見せてくれた
アメリカの一年とはひとまず区切り。
まずは日本に帰ります。
そして、また会う日まで、アメリカ。
2011年6月4日
あきのり

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