当たり前

自分にとっては当たり前なんだなぁ、
と思うことについて今一度振り返ることが最近よくあります。
自分の身体・健康だったり、人付き合いだったり、
話し方だったり、周りの文化、などなど。
自分の中にある当たり前を常識、基準として自分の中に
置いていくことは何か物事を判断する上で大事なことだと思いますが、
その当たり前を周りに押し付けてしまうことには
気を付けていかなくてはならないのだな、と思います。
自分にとっては当たり前でも、他の人にとってはそうではないですよね。
はたまた、その当たり前を押し付けるつもりがなくても
実はそう思っている気持ちが強いと外側に染み出てきてくることもある気がします。
敏感な人はそういったことも感じられると思うんです。
それは何気ない言動だったり、表情だったり、顔の雰囲気だったり。
そんなつもりはないのに、と言ってる時点で、
自分の中にある当たり前を大前提として私は話している、
と宣言しているようなものだとも思います。
だからこそ、自分の中にある当たり前を今一度考える機会は
大いにあった方が良いと思うし、そういった指摘をしてくれる人、
怒っているとしても叱咤激励してくれる人の存在には
感謝をしなくてはいけないと思います。
先日まで海外に短期で仕事で滞在してきて、初めての土地で初めての方々と
この「当たり前」、ということを見直す大きな意味のある日々を過ごしてきました。
こうやって改めて見直す機会をもらえたことは僕にとっては大きかったですし、
日本での日常の中でもいろいろ考えられる目を養えた、と思っています。
ようやく日本に帰ってきて、これからは東京で仕事をしていきます。
自営業としてやっていく中で、いろんな人と関わることはもちろんありますが
周りに指摘してもらえる機会なんて雀の涙ほど少ないのかなとも思います。
自分で自分を律し続けられる忍耐力は僕にはないので、
周りの方々にたくさん支えてもらえるような雰囲気を出せるように、
そしてそこに真摯に、謙虚に向き合えるように自分をもっていきたいと思います。
アメリカでロルフィングを勉強していたときに、
インストラクターから面白い一言を頂いたことがあります。
ロルフィングをしていく中で自分の軸は何なのか、そして
そこにどうやっていたら良いのかなぁ~、とふと話したら、
“You don’t have to be in the center whole the time,
Just realize where you are.”
「いつもその軸のところにいる必要はないんだよ、
自分がどこにいるのか、どういった状態にあるのか
そこに耳を傾けてあげたらいいんだ。」
と声を掛けて頂きました。
常にその軸のところにいるのが良い、と思い込んでいた
自分にとってはとっても心がすっとする言葉でした。
自分の中の当たり前の壁をなるべく取っ払って、
いつでもそこを考えられるように、自分がどこにいるのか、
どういう状態であるのか、ということに常に向き合えるような
自分であり続けたいと思います。

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