ボルダーに来た意味

ロルフィングのクラスが終わってから4日経ちました。
毎日何かしら出かける用事があったり、お別れするクラスメイトと
食事に行ったりでいろいろ忙しくしています。
今週末にはちょっと東海岸へ2、3日お出かけし、
来週には家族が一週間ほど遊びにきて、その次の週には
日本の学生の海外研修のお手伝いを2週間ほどします。
気づいたら8月も終わっているんだろうな、という日々を過ごしそうです。
今朝、2年前からのツイッターを久々に見返していました。
自分がどんなことを書いていたのか、改めて見てみると
いろいろな出来事も一緒にフラッシュバックされてきました。
Unit1を取るために語学学校に入って、英語を勉強し始めましたが、
英語学習以上に、他国の学生がアメリカにくる理由、背景、
その後ろにある文化、宗教、そういったことにとても関心を
持たされる時間だったと思っています。
同じアジアでも、お金の感覚、家族との関係、
物事に対する取り組み方、人とのコミュニケーションの仕方、
全く違っていたし、驚かされる感覚にたくさん出会いました。
いきなりロルフィングのクラスに入っても、
もしかしから英語は何とかなっていたのかもしれない。
今考えたら、語学学校でしか触れられない世界が
あったことにとても感謝しているのは言うまでもありません。
そこから本格的にロルフィングのクラスを取り始め、
Unit1,Unit2を取ること2回、日本に長期で帰国すること2回、
そして今回のUnit3。
ここに来るまでいろいろな過程があって、そこで味わった経験、
関わった人々の顔、本当に多くのことが僕の中に積もってきています。
この過程の中で、同じ自分でも今まで気づいていなかった
いろんな自分に出会えたし、他の人でも実はいろんな顔を
持っていることに気づけるようになってきたし、
ロルフィングを勉強する以外にも多くのことを、
これからの僕の人生で必要なものを学んできた気がしています。
去年の10月、ボルダーを去るときに考えていたこと。
それは、何としてでもアメリカに住んでやる、残ってやる、
ということ。
大学を卒業してからすぐにアメリカに渡ってきた僕にとって、
アメリカは自分を表現するのに適した環境でした。
不思議なもので、英語を話しているときの方が
自分の言いたいことはすんなり言えてしまうんです。
日本語だとためらってしまうことも、英語では平気。
これは日本語と英語の言語の特性ということが
一つの理由としてあると思います。
英語は、はっきり物を言ってイエスかノーをきっちり
させることが多いです。好きは好き、でも嫌いは嫌い。
反対に、日本語は回りくどく、嫌いでもはっきりは嫌いと言わないように
遠回しに物事を伝える傾向があると思います。
文化的に、日本人は相手の顔色をうかがいながら、
(アメリカ人でもできる人はもちろんいます)
話を進める、関わったりすることが多いのだと思います。
この言語の特性以外に、僕自身のものとしてあるのが、
2歳から7歳までアメリカ本土で育っているということ。
2、3歳はあまり話すことはありませんが、5~7歳の間は
日常的には英語で、家の中と週に一回日本語の学校に行っていたときには
日本語を話す、という比率を考えても英語が優位な時代だったのだと思います。
もちろん、日本に7歳で帰国して今回、2年前にアメリカに来るときまでの
17年近くはほとんど英語を話していなかったので英語は結構忘れてました。
でも、脳の奥深いどこかには英語を話していた記憶は残っているんでしょうね。
こっちに来てからはそこまで戸惑うことなく英語に適応することができていました。
それどころか、英語の方がペラペラ自分の思いは出てきやすい、とも
違和感とともに少しずつ感じていました。
もちろん、単語の稚拙さはありましたが。
そういったこともあって、アメリカに残る、
英語を使って自分を表現した方が自分はやりやすい、
ということを感じていた去年の秋頃。
ビザの関係で日本に帰国しなければいけなくなり、
本当に離れたくない、という思いを強く感じていたように思います。
ボルダーでも多くの人に出会えて、沢山の縁に恵まれて
いろんな人の温かさを感じながらの日々だったのでなおさらでした。
日本にいた7ヶ月はその思いに浸る間もなく
怒濤のように過ぎていきました。
全然関係ない職種、レストランのウェイターとして
半年の契約で雇って頂きました。
そこの店舗は規模が小さく、ほぼ毎日勤務していたので
社員さんとの距離は割と簡単に縮めることはできましたが
それはそれで見たくない部分も見させられたり、
社員同士のミスを自分に八つ当たりされることもよくありました。
それはそれで、良い勉強になったとは思っています。
そうやって吐き出す場所を、人はやっぱりどこかに求めてるんだろうな、と。
勤務場所として六本木を希望し、英語を使いながら人にサービスすることを学ぶ日々。
「配膳ではなく、サービスをしろ。」
こっぴどく、社員さんに言われ続けた言葉です。
最初はまったく意味が分かりませんでしたが、
お客様の立場、格好、素振り、振る舞いを見て
常に先を見据えた接客をしなさい、ということの重要さを
肌で痛いほど感じることになりました。
言葉を出さなくても、分かることなんて沢山ある。
お客様の目の向き、表情を見れば何を言おうとしているかは分かる。
それだけ、お客様を観察して、言葉を出さずとも意図を感じ取れる
サービスマンになりなさい、と教えられました。
アルバイトの身分だった自分にも、スゴく深く関わってくれました。
この時のお客様との関わり方は、今の僕にも、
そしてこれからロルフィングをしていっていろんな人と
関わっていく中で大きな支えになってくると思っています。
そんな日々を過ごして行く中で、気づいたら半年近くがすぎ、
最後のクラス、Unit3を取るためにアメリカに戻ってきました。
すると不思議なもので、去年の秋頃に感じていたような、アメリカへの強い執着、
ボルダーを第一の故郷のように感じることがあまり心の中に出てきませんでした。
僕の予想では、あぁやっぱり帰ってきて良かった!!!みたいな
強い思いに支配されるのかなぁと思っていたので、結構意外でした。
そう思ったのと同時に、たった7ヶ月でしたが日本での日々で
自分が学んだことに自分が今は一番突き動かされているということ、
日本でロルフィングをしていく、生きていく、ということを
改めて覚悟した瞬間でもあったと思っています。
ボルダーは素敵な街で、沢山友達ができて多くのことを学んだ場所。
また来年以降も時間を作って遊びにきたいし、
仲良くワイワイやりたい場所です。
でも、現時点で僕が残る場所ではないのかな、と思います。
この2年間で感じてきた新しい自分、奥底にいる古い自分、
そういったいろんな自分をどうやって表現していくか、ということを
僕は日本に帰ったら何年か掛かってでもやっていこうと思います。
それが、ここボルダーに来た意味なんだと思います。
それまで、最後のボルダー生活をゆっくり、のんびり
楽しんでいこうと思います。
The アキノリ's blog in America

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