ツイッターのまとめ

ココ最近つぶやいたツイッターの中で
いくつか自分なりに気に入ったものをまとめてみました。
お暇な方はご覧下さいね。
【からだをコントロールする】
光岡英稔 ‏@McLaird44
身体を動かす上で『私が身体に遣らせたいこと』と『身体が本当に遣りたいこと』は常に異なる。『私が私の身体に遣らせたいこと』は『他人が私に遣らせたいこと』と同質同一の事であり、互いのコントロール願望がリンクしてしまう。
光岡英稔 ‏@McLaird44
『身体がしたいこと』は個々の主体たる主体でありコントロールできない、できてる錯覚はあるかも知れないが、人の生命は本源的にコントロールできない。
↑これ、本当によく感じます。姿勢を良くする、正しい位置にからだを整える、といっても結局はこちらの願望であったりクライアントの願望、という意志から生まれるものである。でも、そのクライアントのからだが本当にそうなっていきたいのか、ということを思うといろいろ考えてしまう。
だからぼくの中には、からだは結局はコントロールできるものではない、という思いがすごくある。ボルダーにいたときにもそういうことを自分のからだで経験したし、見てもきた。からだの全てを管理下において思いのままに操ることは難しい。
【ロルフィングは会話】
ほんとロルフィングって会話だな、とつくづく思う。しゃべるのが好きな人、盛り上げるのが上手な人、聞くのが好きな人、静かだけどかなり言いたいことはある人。言語性はすごくあるけど見えないからこその神秘さがある。そのためにはまず自分がどういったタイプの関わり方をするのかはっきりしないと。
相手によって使い分けたりするのはもちろん必要だし、どの話し方が相手にとって心地よいのか、そういった選択を無意識にかつ、自然とできるようにしていくにはやっぱりたくさん経験していくしかない。無口なロルファーさんはアメリカにもいたけど、こうやって捉えてみるとやっぱり会話をしていた。
言葉を使ってではいなかったけど、手や自分の動きから向こうの伝えたいことやこちらの言いたいことはお互いに通じ合っていた気がする。そんな、こころがつながり合うようなセッションをこれからも目指していきたい。テクニックとかも大事だけど、やっぱりここは忘れてはいけない気がします。
【なぜロルフィングは人によって違うのか】
ゴールを決めてそこまでレールを敷き、引っ張っていくことがいいのか。それとも、ゴールを決めずにベクトルを決めてそこに向かっていくエネルギーを出し続けられるようなサポートをしていくことがいいのか。多くのビシネスモデルは前者な気がするけど、後者の関わり方もたまに見る。
ロルフィングを学んでた時にいろんなことを教えてもらったけど、どれも数量化できる概念ではなかったな。解剖学とか生理学とかはある程度定量化しているものだったから一般的に共通認識が得やすいものだった気がするけど、ロルフィングでいうサポートや全体性といったコンセプトはモヤモヤっとしてた。
だからこそ、ロルフィングのやり方はみなそれぞれ違っていてそれこそが良さだと思っています。周りから見ると通ってるルートは違って見えますが、目指す頂上や中継ポイントは一緒なんだと。その一緒の部分は見失わないようにしたいですね。

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